童話 『トロンボーン吹きの豪酒』(下) ― 2020年07月30日 09時40分40秒
ところが聴き終わったねずみ男は「ああ、すっきりした。おかげで心の霧が晴れた気分です、さあ鬼太郎と遊んでこよう」と言って足取りも軽く出て行きました。豪酒は「妖怪と話すと妙に疲れるな」と思いながらそのままぐっすり眠りました。
一週間後、豪酒がいつものようにキャバレーバンドで演奏し終ってバンド部屋に戻ると、客ウケがいいので気分を良くしたバンマスが豪酒に話しかけて来ました。「あのな・・・」
バンマスは続けて言いました。「この店、コロナで客が入らないんでもう閉める言うとるんや。そうなったらお前どうする?」。豪酒はびっくりして「突然そんなこと言われても困るんですけど」と泣きそうな声で言いました。でもそうならしかたがないとも思いました。「分かりました、もちろん退職金とかありませんよね」と豪酒が言うと、バンマスはにこにこと笑って「そんなもんあるわっきゃない」と言いました。「でもな、お前フルバンドでしか使えんと思とったけど、最近のプレイ聴いてたら、コンボでもいけるのんとちゃうか、どこで腕磨いたか知らんけど、えろうはっちゃけたアドリブしよるし」
それからしばらくたつと、世の中からはキャバレーどころか、ライブハウスも、イベントも、小遣い稼ぎのミニ演奏さえ、演奏出来る場所は全く無くなってしまいました。
それでも豪酒は、いつか来るかもしれない仕事のために毎晩練習を欠かしませんでした。今夜も缶ビールを片手に練習をしていました。そして窓の外を眺めながら「ノラ猫や、閑古鳥や、信楽焼き狸や、ねずみ男はどうしているかな。もしコンボからお声がかかったら、あいつらに感謝せんとあかんかな~」とつぶやきました。そして、あのときは意地悪したんじゃない、あいつらのためにやったことだからなと、自分に都合のいいように思うのでした。
<終り>
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