『10よく5を制す 』2021年04月12日 11時40分40秒

<筆者演奏予定>

4月24日(土) 11時~12時
ゆくはし三礼庵 (株式会社サンレー) <お楽しみ音楽会>(仮)
キャバレーサウンドメーカーズ(筆者単独バンド)
行橋市大字下津熊1103-2

4月24日(土) 19時30分~
Swing21・定期ライブ
森山輝生とニューバックビート(筆者所属バンド)
北九州市小倉北区堺町1-9-22北州観光ビル2F 「Swing21」
※ 当分の間ライブ開始時刻を19時30分からに変更します

5月15日(土) 時間未定~ 
「BIG BAND」不定期ライブ」
The Trombone Sounds(筆者参加バンド)
(前回はチャージ¥1000・要ワンドリンク 15名限定、今回未定)
北九州市小倉北区紺屋町7-17「BIG BAND」

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【 案の定(あんのじょう) 】
予想したとおり。予想通りにならないかもという淡い期待もあったがやっぱり。

先日の選挙で、開票直後に早くも選挙結果の発表があった。出口調査で圧倒的な差が付いていたのだろう・・・
案の定、投票率は前回を10%近くも下回った・・・。

レモンサワーのコマーシャルにつられて、ここしばらく止めていた、カンチューハイを飲んでみた・・・
案の定、美味くて飲み過ぎそうになってしまった、ヤバ、ヤバ・・・。

次のライブでやる2ページの曲では、右側のページのほうに、複雑な音符がズラリと並んでいる・・・
案の定、遠くて読みづらい、こりゃなんとかせねば・・・。

テレビでは目が疲れるので、ラジオを聴こうとラジカセを買った。が、我が家は電波塔のある山の、ちょうど陰にある・・・
案の定、AMもFMも、ザーザーと雑音ばかり・・・。

・・・と、そんな中途半端なこと(5)でウダウダ悩むより、大きなこと(10)に頭を使わねば、と自省する日々。
そこで本日の一言、
『10よく5を制す 』

『邪の道はヘビー』2021年03月15日 10時10分10秒

<壁の白いギター>

学生のころ、質屋で3000円のギターを買って、しばらく練習した。が、左利きなので、教則本を左右逆に見ないといけなくて、結局自己流になって、長続きはしなかった。

ところが数年前、古道具屋に白いギターが2000円で売ってあるのを見て、性懲りもなくまた手を出してしまった。しかし、教則本の問題は解決出来ず、結局は壁の飾りになりつつある。

もっとも、長らく管楽器ばかりに接していると、口に当てない楽器をやってみたくなるもので、ギター、ベース、パンデイロ、マラカス、ピアニカ、電子キーボードなど、みさかいなく手を出してみた。

それで気付かされるのは、その道にはその道に精進している人がいる、ということ。それを知った上で、自分は自分の道に精進せねば。邪道に走るな、白いギターは、そういう意味で役にたっている。

そこで本日の一言、
『邪の道はヘビー』

『見えぬものでも あるんだよ』2021年03月11日 09時40分40秒

「チェッカーシャドウ錯視」

A=Bというが、自分で模写したのに、どう見ても、Bの方がAより明るく見える。人間の明暗感覚が、いかに環境に左右されるかという、代表的な錯視。

自分で描いたやつだから色を変えられるので、試しに周りの色を変えてみると、AとBだけでなく、周りの明暗も、違った見え方になる。

シャドウ錯視というから、ポイントは筒の影だとは思うが、そうと分かっていても、AとBは異なるという錯覚を、修正することが出来ない。

もっとも、それによって人間は、Bと白いタイルが同じ物だ、と認識する仕組みで、つまり、錯覚するほうが正しい、と解説にある。

つまり、人間は自分の知らない感覚に操られている、ということらしい。暖かくなったし、たまには外に出て、「自分の感覚」を観察してみようか。

そこで本日の金子みすヾの一言、

   金子みすヾ   <星とたんぽぽ>

  青いお空の そこふかく
   海の小石の そのように
    夜がくるまで しずんでる
     昼のおほしは めにみえぬ
      見えぬけれども あるんだよ
     『見えぬものでも あるんだよ』

『急いてはコロナを仕損じる』2020年11月13日 10時10分10秒

毎年春3月に、造り酒屋で「新酒の会」ライブをやっている。バンドはいろいろ替わったが、始めてからもう20年になる。

それが今年の春は、コロナの危険が広がり始めたころだったが、用心のためとして早々と中止にした。

その後6月に田植え、10月に稲刈り、というスケジュールも中止。それもやむなし、と思っていた。

それが、8月過ぎから世間はGoToナンチャラで、息を吹き返そうと大騒ぎをしているではないか。

なんだ、もういいのか、じゃ来年の3月の「新酒の会」は実行しようか、と主催者一同集まって話をした。

ホテルではパーティがない、飲み屋では宴会がない、このままでは日本酒の危機だ、ぜひ会を実行しよう、と。

ところが、今度は「第三波だ気をつけろ」、とか。ブレーキとアクセルを同時に踏み込んだら、とうとうエンジンから煙が出た?

思うに、過去を取り戻すのではなく、現在を未来につなげるために何をすべきか、その道筋を示して欲しいのだが、・・

・・諦めと投げやりの風潮が蔓延して、第四波、第五波、ついにはエンジンが火を噴く状態、になる前に、じっくりと腰を据えて。

そこで本日の一言、
『急いてはコロナを仕損じる』

『名言必ずしも名言ならず、迷言必ずしも迷言ならず』2020年11月12日 10時00分00秒


【 バンドマンのための名?迷?言集 】

<ジャズには二通りある、自分のジャズと、他人のジャズだ>

<良いバンドマンは不幸だ、自分の演奏を客席で聴けない。悪いバンドマンは幸せだ、自分の演奏を客席で聴かなくてすむ>

<性格が地味だ?いいんだよ、音が輝いていれば>

<人生の抑揚はメロディの抑揚として現れる>

<ミスをしないことはいいことだ、いけないのはミスを恐れて臆病になることだ>

<使えるバンドマンか調べるのは簡単だ、他のバンドマンの前でそいつを誉めてみればいい>

<演奏ミスは恥ずかしい。が、それを恥ずかしいと思わないのはもっと恥ずかしい>

<人が楽器を選ぶのではない、楽器が人を選ぶのだ>

<歳をとれば上手くなる、ということはない、歳は努力しなくても誰でも得られるものだから>

<酒をくれ、今日は本気で演奏するから>

<挫折の無い人生が面白みの無いバンドマンを作る>

ということで本日の一言、
『名言必ずしも名言ならず、迷言必ずしも迷言ならず』

『 金は天下の周りのもの 』2020年11月09日 11時20分20秒

『手八丁口八丁』、という言葉がある。いろいろと器用でしゃべり上手、ということだが、『器用貧乏』、という言葉もある。

やり始めにスッと出来ると、後はナメてかかった結果、あれもこれも一応出来るが、どれも中途半端なものしか成さないこと。

ジャズ、ラテン、ポップス、歌謡曲、なんでも引き受けるが、さて本業は何かと自問すると、これぞまさしく『器用貧乏』。

今日はジャズを、と選曲してステージに上がっても、客の反応を見て、ギャラとの釣り合いを考え、つい内容を変えてしまうことも。

結果、客にとってこれでよかったのか?、また自分には?という自問自答にさいまなれながら、演奏を続けること度々。

この状態から脱するには、中途半端に器用な『器用貧乏』から、頑張ってどれも得意分野の、『貧乏器用』になること、か。

この場合の「貧乏」は金銭的貧乏だが、音楽的貧乏よりは、ましかも。そして、結果として評価を得られれば、なおよし。

そこで本日の一言、
『 金は天下の周りのもの 』

『 トラは死んで皮を残し、曲はしんどい名を残す 』2020年11月05日 09時40分40秒


ライブでMCとして曲の紹介をするとき、その曲名の由来なども紹介することがある。が、これがけっこう面倒で、日本語に訳せないもの、または、意味が分からないものなどがある。

また、誤訳が当たり前に広まっていたりする。有名なのは「ユービーソーナイス~」、また「アズ・タイム・コーズ・バイ」、「ソフトリー~」など、微妙に元の英語の意味とは違うのもある。

実は落語も、元々タイトルが無かったものが、誰が何をやったか分かるように、ネタ帳に書いたのが始まりらしいので、ずぼらに「だくだく」とか、「ぞろぞろ」などのゾロッペイなのもある。

そうなると、実はタイトルに何か意味がある、みたいに考えるのでなく、単なるコード番号、ぐらいにとらえれば、紹介のときに気が楽だ、と思うことにしようか・・・ん、これってMC病?

そこで本日の一言、
『 トラは死んで皮を残し、曲はしんどい名を残す 』

【 勝手に大牟田弁講座 】(後)2020年06月01日 09時15分15秒

親の説教に対して反抗期の子供が、『モ~、シカラシカ!』
 表記:「も~、しからしか!」
 意訳:もう、ウザいなぁ!
 語句:しからしか=”せからしい(九州方言)”の訛り、面倒な、うっとうしい(昔、like dear mosquito、と英訳した高校生がいた)

友人の背中の大きなリュックを見て、『ナンバカロトット?』
 表記:「なんぱかろとっと?」
 意訳:何を背負っているの?
 語句:ば=を、からう=背負う、とっと=ているの

留守番の夫が、家族が出掛けテレビも面白くないので、『トゼンナカ~』
 表記:「とぜんなか~」
 意訳:退屈だな
 語句:とぜんない=退屈だ、もの寂しい(古語:徒然=つれづれ、の転か)

友人と高級車のカタログを見ながら、『コンクルマ、ムシャンヨカネ!』
 表記:「こん車、ムシャんよかね!」
 意訳:この車、カッコいいね!
 語句:むしゃんよか=しゃれている(「武者ぶりが良い」の転か)、”みしゃんよか”と訛る世代もある

その他、「高っかとか、えすか=高い所は、怖い」、「うちもかてて=私も仲間に入れて」、「こん紐きびって=この紐を縛って」、あんた、こすか~=あなたはずるい」、などさまざまな大牟田弁があるが、徐々に死語になりつつある。
若っかモンもテレビに乗せられて若者言葉ばっかし使わんでくさ、たま~にでんよかけん、大牟田弁ば使わんと・・・え、なんて言いよるか、いっちょんわからん?ガッパシコイタ (がっかりした)・・・

【 勝手に大牟田弁講座 】(前)2020年05月28日 15時15分15秒

福岡県の最南端大牟田市には、同県の福岡市、久留米市とは異なる、また隣りの熊本県、対岸の長崎県の影響を受けた、独自の方言が存在します。その一部を紹介しましょう。

友達と家で遊ぶ話をしながら、『オィガアンタゲサンクーカ?』
 表記:「おぃがあんた家さん来ーか?」
 意訳:俺があなたの家に行こうか?
 語句:げ=家、さん=へ、来ーか=行こうか(私の方が来ようか、”来る”は”行く”の表現にも使われる)
※似た例で、ジャズナンバー「You'd be so nice to come home to」の”come~to”の訳は、「あなたの家に”行く=帰る”のはすてきだ」

料理の味見をしながら、『アラ~、オロカラカッタゴタル』
 表記:「あら~、おろ辛かったごたる」
 意訳:あら、ちょっと辛さ(塩味)が足りなかったようだ
 語句:おろ=より劣って(英語のlessに似た表現、おろよか=複合語で「悪い」)、ごたる=ようだ、”ごとくある”の変形

先生が生徒を整列させながら、『コンレツ、ヨガンドルヨ』
 表記:「こん列、よがんどるよ」
 意訳:この列、ゆがんでいるよ(真っ直ぐ並んでいないよ)
 語句:こん=この、よがむ=”ゆがむ”の変形(同様に”いがむ”の用例も各地にあり)

夕方遅く帰って来た子供を親が叱って、『ドコバサルキヨッタツネ』
 表記:「何処ばさるきよったつね」
 意訳:どこをうろついていたの
 語句:さるく=歩く(あてもなくウロウロと)、たつね=”ていたのね”の変形

上司の新築宅に招待され、家を見て、『コマカテオモトッタラ、フトカイエタイ』
 表記:「細かて思とったら、太か家たい」
 意訳:小さいと思っていたら、大きい家だな
 語句:細か、太か=”小さい”や”大きい”のサイズ表現にも使う

雨の中、自宅を出て隣町に着いたら、今は降っていないが地面が濡れているのを見て、『ココデンアメンフットルバイ』
 表記:「此処でん雨ん降っとるばい」
 意訳:ここでも(少し前に)雨が降っていたな
 語句:降っとる=降っていた形跡がある(過去完了)、なお、「降っている」(現在進行)は”振りよる”(例:曇っとるて思たら、もう雨ん降りよる)、ばい=だ、だな(断定の終助詞)

<お断り>
これらは超個人的(且つ旧世代的)解釈であり全大牟田人に共通するものではありません、あしからず・・・
次回(後)に続く

<SF小説>【ある テレビ評論家の憂鬱】2020年05月25日 10時00分00秒

<SF小説> 【ある テレビ評論家の憂鬱 】

あの災禍から10年経った今、世界は大きく変わった。そのことをテレビの番組は如実に示している。そのいくつかを見てみると・・・。

『 マツコちゃんに褒められる 』
ステイホームで何もしないでボーッと生きていると、マツコちゃんに褒められますよ、「ボーッと生きてんじゃね (^-^) V」、のナレーションでお馴染み、政府推奨番組。司会はマツコ・ティーレックス。

『 キリン・アサヒ・サッポロ・サントリーがくる 』
ビール戦国時代劇、「家飲み」消費者を獲得する為の、各ビール会社の熾烈な戦いを描いた大河ドラマ。

『 それだけやって昇天会 』
口だけ達者な評論家たちがカラーの着物で座布団に座り、昇天した政治家の愚策を糾弾する番組。司会は春風亭辛坊、コマーシャルソングはおなじみ「♪政運~」。

『 海運なんでも艦艇団 』
海賊が横行する世界中の海で、「いい仕事してますね~」と言われるため、海運会社が用意すべき強固な艦艇を、無責任に鑑定する番組。

『 世界の荒れ果てまでイッテY 』
観光客の激減で荒れ果てた観光地や世界遺産を、録画された過去のYouTube画像で偲ぶ番組。

『 ポツリと一間家 』
「家の間取りは一間(1.8m四方)です」と、ポツリと語る人の家に行き、ごく狭い家で三密で暮らせた時代の思い出をたどる、社会派番組。

『 新婚さんいらっしゃいましたか! 』
マスクが法律で義務化され、顔の上半分しか見えないことの不安から、若者の結婚願望が希薄になり、結婚式が激減した世界で、新婚カップルを探し出し、テレビを通じて全地球に知らせ、祝う番組。

これらの番組からも分かる通り、日本は、世界は、そして地球は、10年前から大きく変貌した。あのときの人類の判断、対処は正しかったのか、それはもう問うまい。

今人類は、月、または火星への移民に抽選で選ばれることを祈るばかりだ。なんせ、どちらの星でも、マスクなしで暮らせる、とのことだから・・・。


(※作者注:願わくばこのような未来になりませんように・・・)