熊さんジャズの歴史を学ぶ2017年03月27日 10時55分55秒

<ジャズ風・百年目>

熊:大家さん、いるけぇ。
大:おや、熊さんか。ま、お上がり。
熊:大家さん、俺ぁクラッシックてのに 興味ねえけど、「大工の弁当」ってのは、いい曲だな。
大:「大工の弁当」?そんな曲、聞いたこともないな。
熊:あれぇ意外とものを知らねえんだな。ほら、決まって年末にやる曲だよ。
大:年末に?・・・そりゃ「ベートーベンの第九」だろ。
熊:ふーん、ベートーベンってえ奴が作った曲なのか。で、そのベンちゃんってのは、ジャズの曲は 書いてないのかい。
大:ベンちゃんってえやつがあるか。ベートーベンとジャズでは時代が違う。
熊:えー、ジャズってのは大昔からあるんじゃねえの、縄文時代とか。
大:縄文人がジャズをやるか。ジャズはアメリカで誕生して、まだ100年とちょ っとだ。
熊:百年?じゃ、日本でいうと、奈良時代か平安時代か。
大:どんな歴史感覚をしてんだ。あのな、ジャズ発祥の元になったのは、アメリカ南北戦争、日本で言えば江戸時代の末期、明治維新の少し前だ。
熊:とっちょ待った。南北戦争とジャズと、どんな関係があるんで?
大:話せば長くなるが、南北戦争ってのは、アメリカの北部と南部の経済的対立で起きた、それに奴隷制度の廃止が絡み合った戦争だった。
熊:ふーん、北と南ね、で、どっちが勝ったんです?
大:北部が勝ったな。奴隷制度は廃止になにり、敗れた南軍の軍楽隊の楽器が、たく さん巷に出回ることになった。
熊:敗軍の兵が、楽器ってぇ置き土産をしていったわけだ。
大:おりしも、綿花の積み出しで賑わっていた南部の都市ニューオリンズでは、街の盛り場で客の気を引くために、賑やかな音楽が求められていた。
熊:なるほど、盛り場には賑やかな音楽がいいやね。「ねえお兄さん、遊んでかない」に、ポクポクポクって、木魚は似合わねえ。
大:そこで、南軍の残した楽器を使って音楽を演奏したのが、アフリカの太鼓のリズム感と、教会霊歌 の祈りの心と、独特のブルース感覚の素地を持った、アフリカ系の黒人だった。
熊:ふーん、時代にマッチしたわけだ。
大:やがてその音楽が広まり、それがジャズという音楽として認知され始めたのが、19 00年代の初頭ってわけだ。
熊:なるほど、それで、百年ってわけか。じゃ、ジャズってのは黒人が作り出した音楽なわけだ。
大:確かにジャズの下地を作ったのは黒人だが、ジャズを音楽のジャンルとして広めたり、初のジャズレコーディングを行ったのは白人だった。
熊:黒人の音楽に白人が興味を持ったんだな。
大:その後、1917年にニューオリンズの繁華街が閉鎖されて、バンドマン達がミシシ ッピ川を北上し、カンザス、シカゴ、ニューヨークへとジャズが広まっていく。そこへ ジャズを持ち込んだのは黒人だが、それをダンス音楽として広めたのは白人だし、その後、 黒人色の濃いジャズ、白人色の濃いジャズが、入れ替わり立ち代りジャズの歴史を作って いくことになる。
熊:ふーん、ジャズってのは、短っけえけど濃い歴史を持ってんだな。
大:わかったら、少しは真面目に練習しな。そんな腕前じゃ、ニューオリンズのジャズマンに会わせる顔がねえぞ。
熊:なぁに、会ったら言ってやる。
大:なんて?
熊:ここで会ったが゛百年目゛。

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